こんにちは!たまごのソムリエ・こばやしです。
日本食品標準成分表というものをご存知でしょうか?
文部科学省が調査して公表している「日常的な食品の成分に関するデータ」のことです。
食品にたずさわる人なら、まず知らない人はいません。
調理師さんがカロリー計算をして献立を考える際の指標にしたり食品開発者が商品表示の計算に利用したり、いろんな使い方がされています。
この食品成分表「鶏卵」の項目で少し前に問題が起こったのです。
数年ごとに検査しなおして数字を改定するのですが、昨年(2019年)12月に5年ぶりの改訂がありまして、
なんと!「たまご」の栄養量が大幅にアップされたのです。
ビタミンDの量がいままでの約3倍、(100g中1.8㎍→5.2㎍)
ビタミンEは約5倍の数字に変更されたのです。(1.0㎎→5.1㎎)
かなり思い切った変更ですね~。
でも、それってなにが“問題”なのでしょう……?
〇健康こだわり卵が苦戦する…!?
実はこれ、鶏卵商品の「差別化表記」にかかわってくるのです。
たとえば、『この卵はビタミンEが通常卵の3倍です!』なんて商品を目にしたことありませんでしょうか?
“通常の卵”の栄養素の量が増えるということは、そういった表記が変わるということです。
『3倍含まれます!』が →例えば『1.1倍です!』とかになっちゃう。
これだとちょっとパンチ弱いですよね…
〇きっかけは選択ミス!?大幅変更の原因は
実は、大きく数値が変わったのには理由があります。
それは、検査するサンプルの一部に“栄養強化卵”を選んでしまったからです。
「栄養強化卵」とは、特別な飼料を食べさせることで、通常の卵よりも特定のビタミン等が多いたまごのこと。
そんな『栄養の多いたまご』を検査のサンプリングで選んでしまったため、今までの分析値と異なってしまったのです。
高校生の平均体力を調べようと思って、うっかり国体強化選手や甲子園球児を連れてきちゃった、みたいなカンジですね。
このことは文部科学省担当部署も認めていまして、
検査した数値そのものは訂正しないのですが、『※今回の調査試料には特殊な栄養強化飼料を給与した鶏卵を含むため~(中略)~通常の鶏卵の情報は本報告で更新される前の成分表2015年版(七訂)を参照のこと。』
……と注釈が入る事となりました。
〇そもそも今回のトラブルが起こった背景は……
さてこの件、
個人的には、
調査のヒトが間違っちゃうくらい店頭にたくさんの種類の“栄養の多いたまご”が並んでいる……ということが背景にあるんじゃないかと思っています。
現在、たまご業界は寡占化に向かっていまして、
大規模化、大企業への集約が進んでいます。
なので小さな農場はこだわりを打ち出し、
味や健康などいろんな差別化を試みているのが現状です。
寡占化の反動として多様化が進み、
栄養成分も、味も、以前よりばらつきがあると言えます。
今どきは売り場で10種を超えるたまごが並ぶのも珍しくありませんが、
例えばその内7種がこだわり卵で栄養成分が高いたまご…なんて事もあります。
「普通のたまご」を選ぼうと思ったら、栄養強化しているたまごだった…ということも、以前よりずっと起こりやすくなっていると言えます。
この「多様化」と「標準レベルの向上」という状況は、
僕たち卵屋にとってはライバルの多さとも言えますが、
卵好きにはワクワクする状況、そしてお客様にとっては喜ばしい事とも言えます。
余談ですが、
業界の変化による大きな成分値変更は、他の食材でも起こっています。
たとえば「ひじき」。
2015年の改定で鉄分の含有量が9分の1になりました。(100g当り55mg→6.2mg)
今回の卵の場合と逆ですね。
これは、昔ながらの鉄鍋で煮込んでいた工程から、今はほとんどがステンレス鍋を使った企業中心へと業界が変わってしまったから。
〇栄養だけなのか…?「良いたまご」とは何なのか?
では今後、僕たち卵屋がもっと差別化を計ろうと思ったら、もっともっと栄養強化した育て方をすべきなのでしょうか?
僕は、そうは思いません。
卵はそのままでも栄養たっぷり。『完全栄養食』とも言われ、そもそも体に必要なアミノ酸など栄養成分がピッタリの量で入っています。
身近な食材である「たまご」でより多く栄養が摂れるのは素晴らしいことですが、
あまりに栄養強化でインフレが起こるのは、もともとの「卵」のすばらしさを否定する事にもなってしまいます。
また、飼料としてたくさん食べさせた特別な栄養成分のうち、ほんの一部だけが卵の栄養として入る…。
ステキなことですが、なんだかちょっともったいない気もします。
「メニューになったときにどうワクワクしてもらえるか」という観点であれば、栄養成分以外にもいろんな価値があります。味や育て方、他にも伝えなくてはいけない価値は沢山あります。
今回のトラブル込みの改定も、もしかすると、卵の価値の在り方を皆で考え直すきっかけになるのかもしれません。
ここまでお読みくださって、ありがとうございます。